夕方、マジックアワーの淡い色の街、待ち合わせの場所近くで彼女を見かけ、そっと遠くから見ていた。
遅れちてごめん!
と声をかけるにも、タイミングがある。そんなずるい思いがふと湧いてきた。
スマホを取り出して、この数メートルを埋めるためにどんなメッセージを送ろうか?
戸惑いはほんの数分、いや数十秒だったかもしれないけれど、結局僕は振り返る彼女に見つかって、その大きな瞳と目があった。
表情が変わるわけでもない、
けれど少し、彼女の口元が緩んだ。
「おでんが食べたい」
食べ始めるとよく笑い、よく呑んで、けれど控えめに僕を気づかう。
パンキッシュな彼女だけれど、実は古風。
日本女性的な雰囲気を、熱燗に添えた左手に感じる。
ペースをどんどん彼女にのまれ、僕はいつしかあれこれ詮索しなくなっていた。
そこに漂っていたのはただただゆったりとした時間。
二人に幸せを運んできた食と、彼女の性格の良さがにじむ会話。
帰り道、そういえば、今日遅れたことを謝ってなかった、と、ふと気にかかる。 けれど、彼女の方から切り出してきた。
「次はいつにする?」
人と分かり合うのは怖いものだ。けれど僕は人を見る心のコントラストをちょっとばかり強くしすぎていたのかもしれない。陰がより強く気になって、目をこらしていればこそ、陽の部分がしらけて全く見えていなかった。
そういう意味では彼女は、僕の心の中のコントラストを、あの食事中、自然と調整してくれていたのだろう。
別れの時、彼女の印象は鮮明に、そして彩りをもって心に残っていた。
■出演:麻理子
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■制作:篠原良一郎 / MagoWorks